路傍の晶
特別栽培の八百屋 玄米工房 ベジブル篠崎店 店長 杉浦さん
学生時代から夏休みや春休みなどの長い休暇を利用して、彼は父を手伝っていた。そのため、高校を卒業していざこの世界に入っても、なんの抵抗もなかったという。
転機が訪れるのは、ある挑戦がきっかけだった。まだ暗い夜中のうちから市場に出向き、昼にはすべての作業を終える日々に、杉浦さんは疑問を抱き続けていた。
「日中の時間をうまく利用できないだろうか」そこで思いついたのが、車の移動販売だった。彼は昼食を終えると、車に野菜を積み、陽が落ちるまで各地に足を延ばした。訪問先は足立区にとどまらない。埼玉まで車を飛ばすもあった。
「このとき初めて、小売の面白さを知りました」と、杉浦さんは言う。
「中卸の仕事は仲介でしかないですから、自分で販売してお客さんの声を直接聞けるのがうれしかった。また私の知らない調理法などを教えてくださる方もいて、勉強にもなりました」
消費者の声にじかに触れる喜びが、彼の背中を押した。およそ2年間の移動販売を経て、杉浦さんは20年以上に渡る主戦場ともいうべき市場を飛び出し、「ベジブル」を開いたのだった。
現在の店を構えて、この12月で丸10年になる。所狭しと並ぶ品々は全国から選りすぐり、さらに自身で足を運んだ契約農家の生産物まで揃えている。農薬の少ないものをリーズナブルに扱っている点も、彼のこだわっているところだ。
「生産農家の野菜は味が違いますよ。たとえば、このニンジン。無農薬で甘さがある。生でジュースにすれば、何も入れずに野菜自体の甘さだけでそのまま飲めます」
さらに移動販売のときに得た工夫だろう、それぞれにポップを付け、栄養面や効果的な使い方、おすすめの調理法も紹介している。利用者に尋ねられるなど、反響は上々だ。
「やはり、お客さんとのコミュニケーションが楽しいですね」杉浦さんは口元を緩める。
「『美味しい』という言葉を頂いたり、きれいに売り切れたときが一番うれしい。これからも安全で美味しい野菜を、いろんなお客さんに提供したいですね」
ところで、店名をベジタブルならぬ「ベジブル」にしたのには訳がある。
「『タ』を抜く、つまり“他を抜く”という思いで付けました。今後、お店を増やしていけたらいい」
さまざまな野菜を見続けて30余年、ほかにはない目をもって、杉浦さんはつぎの目標を見据えている。
取材・文◎隈元大吾