路傍の晶
きもの・和装小物のマルアイ 渡邉さん
着物に歴史あれば、それを扱う店の歴史もまた古い。門前仲町に軒を構える「マルアイ」は、昭和12年創業という呉服や和装小物を扱う老舗である。当時から着物をはじめ、婦人服や紳士服、貴金属など、幅広い商品を扱っていた。渡邉さんも高校生のころからアルバイトとして創業者の父を手伝い、接客や販売のほか配達まで行なっていたという。
大学を卒業すると、およそ3年のあいだは大阪の呉服会社へ修行に出た。そこで着物の扱いから販売方法、接客の仕方、あるいは問屋に出向くなどして経験を積み、和装の目を養うとともに商売のイロハを身に付けた。こうしてふたたび先代のもとへ戻り、店を受け継ぐまでになったのである。
ところで創業当時、マルアイは割賦販売を行なっていた。10ヶ月払いを基本とする、いわゆる「月賦屋」の走りである。しかし、まだ信販会社が世に出る以前の話だ。すなわちクレジットカードが約束代わりとなる現代とは違い、割賦販売は買い手との信用が商売の生命線となる。
先代から店を受け継いだ渡邉さんには、いまも大切にしている父の教えがある。「親切、丁寧に」というのがそれだ。
「我々のような小さい店では、お客様との信頼関係がもっとも大事。よい品を手ごろな価格でご提供するのはもちろん、仕立てや染み抜き、丸洗いなど、着物に関することはどんなことでもご相談に乗ります。幸い、取引している呉服屋さんとは創業以来のお付き合いをさせていただいていますから、お客様のご要望にも柔軟に対応できるんです」
創業当時とくらべ、門前仲町はいまやマンションが増え、若い世代が移り住むようになった。その一方で、転居して離れていった人々も少なくない。街の推移は当然、商売にも大きく影響する。ただマルアイにとっては違う側面もあるようだ。
「いまは20代から30代の若いお客様が増えていますね。浴衣や着物、小物などをご購入いただいています。また転居された年配の方々も、遠くから足を運んでくださいます。半世紀ちかいお付き合いの方や、なかには親子二代で利用していただいているお客様もいる。ありがたいことですね」
企画から販売、接客と、すべての業務に携わる渡邉さんに休息はない。とくに浴衣のシーズンである8月が終わるまでは満足な休みは取れないという。だが忙しない日々にも、「好きなことだから毎日楽しいですよ」と白い歯を見せる。これまでに培った信用とこれから新たに織っていく歴史――まるで呉服の奥深さをなぞるように、マルアイもまた、着物で繋がる縁を連綿と紡いでいる。
取材・文◎隈元大吾