路傍の晶
ネイルサロン 桃色御殿(pink goten) 古田さん
しかし女性にすらまだあまり認知されていなかった時代に、なにゆえ男性の古田さんがネイルを仕事に選ぶことになったのだろう。その理由はいまからおよそ20年前、彼が10代だったころに隠されている。
「19歳のときにニューヨークへ渡りました。ブレイクダンスが好きでね、憧れのストリートダンサーを追いかけてブロンクスに飛んだ。でも、踊っているだけじゃメシは食えない。どうしようかと考えていたところ、たまたま向こうで知り合った友人がネイルのサロンやスクールを経営していたので、そこでお世話になり、ライセンスを取ったというワケです」
欧米では、爪の手入れは身だしなみのひとつとして日常的な習慣だという。無論、そこには男女の別もない。日本とは違い、文化として生活に根付いているのだ。「最初はまったく興味なかったんだけどね」と笑う古田さんも、好きなダンスを続ける傍ら取得した資格を活かし、ヘアサロンの一角でアメリカ人の爪の手入れに勤しんだものだ。約6年に渡るこのニューヨークでの経験が、現在のベースとなっている。
「もちろん職種にもよるけど」と前置きしつつ、彼は言う。
「個性を狭めていることが世の中には多々あると思う。教育の違いはあるにせよ、日本がもっと個性を伸ばせる環境になれば、ネイルの位置づけも変わってくると思います」
古田さんが現在経営しているサロンは、亀戸をはじめ、池袋と千葉の3店舗を数える。亀戸中央通り商店街に構える「桃色御殿」は今年、節目の5年目を迎えた。本場仕込みの技術力は言うまでもなかろう。しかし設定された価格はリーズナブルで、おまけに施術して1ヶ月間は無料でケアするのだから、まったく商売っ気を感じさせない。
「あんまり商売には向いてないのかもね」そう言って、古田さんは思わず苦笑いする。
「なんていうのかな……店と客という立場で分けないのが僕のスタイル。だから、おなじ目線で繋がっているお客さんがウチは多いんですよ。話に来たり、遊びに寄るような感覚に近いんじゃないかな。気楽な気分で立ち寄ってもらえたらいいですね」
じつはネイルサロンのほかにも、ダンススタジオとサーフショップを営んでいる。また、アメリカ滞在中に出合った「グラフィティ」と呼ばれるスプレーを用いたストリートアート活動も、いまなお続けているそうだ。ニューヨークにアトリエを構え、日本でも時折オファーが舞い込むという。ダンスにアート、そしてネイルと、かつてニューヨークで培ったものに囲まれ、現在がある。どうやらこの濃密なライフスタイル自体が、古田さんの個性といえそうだ。彼のもとに集う常連客が多い理由が、分かる気がした。
取材・文◎隈元大吾