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路傍の晶

第11回

とんかつ 二条 店長 古藤さん

古藤さんは会報やサービス券などを
配り、「一緒に楽しめる店」を
目指している
古藤さんは会報やサービス券などを
配り、「一緒に楽しめる店」を
目指している

 初めて独立したのは34歳のとき、場所は日本橋人形町を選んだ。「オフィス街で開きたい」という願いに沿って始めた店は、想像以上に繁盛した。昼時ともなれば午前の仕事を終えて腹を空かせたサラリーマンが大挙し、陽が落ちれば一日の業務から開放された上場企業の勤め人たちがネクタイを緩めて集まってくる。評判が口伝てに広がったのだろう、利用者は日ごとに増え、と同時に、常連も目立つようになった。


「東京で勝負したい」と、長崎の片田舎から上京しておよそ10年、飲食業界に飛び込んだ18歳から数えると15年以上が経っていた。やっとの思いで築いた自前の城は、あたかも順風満帆に見えた。だが時とともに、思わぬ悩みが城主を苦しめるようになる。

厳選したパン粉と植物油で
揚げたとんかつはサクッと心地よい食感
厳選したパン粉と植物油で
揚げたとんかつはサクッと心地よい食感

「自分の思い描くイメージから、どんどん離れてしまったんです」当時を振り返り、古藤さんは唇を噛む。
「私は純粋にとんかつを味わってもらう店をやりたかった。でも、とくに夜はお酒が中心になり、食事の需要が少ない。お客さんのニーズに応えているうちに、いつのまにか飲み屋のようになってしまったんです。気付けば、自分のやりたい商売とズレていました」


 思い返せば、飲食業を志した発端は板前の従兄弟にあった。中学のころ、家に遊びに来た彼が冷蔵庫のあり合わせの食材を使い、チャーハンを作ってくれた。そのあまりの美味しさに感動を覚え、自身も料理の道に進もうと決めたのである。ゆえに、料理人としての自負を片時も忘れたことはなかった。


しかし辛かったのは、なにも理想とのギャップだけではない。多くの常連に支えられた人形町の毎日は、「楽しくて仕方がなかった」という。店が暇なときは、ギターを爪弾き、すこし赤らんだ顔馴染みと一緒になって歌ったものだ。ひとに恵まれた温かい現実が、たしかにそこにはあった。だが一方で、目指す姿勢を貫けていない現実も同居していた。この葛藤もまた、彼を苦しめたのである。

清潔感あふれる店内には
食欲をそそる香りが漂う
清潔感あふれる店内には
食欲をそそる香りが漂う

「自分の思い描くイメージどおりの店をやろう」断腸の思いで移転を決意したのは、4年半が経過したころだった。店を畳む日、夜な夜な暖簾をくぐってくれた常連たちは、胴上げして送り出してくれたという。現在、瑞江で営む「二条」は、かくして生まれたのだった。


「とんかつを食べてほしい」古藤さんは胸を張る。
「パン粉や脂、肉、ごはんから味噌汁まで、とにかくこだわっています。少々高くても、いいものを食べていただきたい。いまは、思い描く店になりつつあります」


 かつての常連客は、遠くなった現在の店にまで足を延ばしてくれているそうだ。
「ありがたいですよね。とてもうれしいです。心が繋がっていることが、なによりも大事」
人形町から移転して6年、かつて育んだ人間関係が人生の教示として、いまも古藤さんのなかで息づいている。






取材・文◎隈元大吾


とんかつ 二条
住所:  〒132-0011
江戸川区瑞江2-6-20 2階
アクセス:  都営新宿線瑞江駅北口より徒歩2分
電話番号:  03-3679-7005
営業時間:  11:30~14:30 17:30~22:00
定休日:  火曜